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現場から |
今回は国際交流基金からの派遣で、マレーシアのJJA(Ambang Asuhan Jepun : マラヤ大学予備教育課程日本留学特別コース)で教えていらっしゃった、千馬智子先生にレポートをお願いいたしました。 |
マレーシア マラヤ大学予備教育課程日本留学特別コース |
千馬 智子 ( 広島YMCA国際ビジネス専門学校日本語科 非常勤講師 ) |
私は 2004年から3年間、国際交流基金の派遣専門家としてAAJで日本語を教えていました。今日はこのAAJを簡単にご紹介します。AAJの正式名称はマレー語でAmbang Asuhan Jepunで、“Gate way to Japan” の意味です。日本語の名称は「マラヤ大学予備教育課程日本留学特別コース」となっています。マハティール首相が提唱した “Look East Policy”(東方政策)を受けて、マレーシアの最高学府であるマラヤ大学に1982年に開設されました。東方政策とはご存知のように、「日本および韓国の経験に学べ」という構想で、日本の経済発展の秘訣が日本の労働倫理、勤労意欲、国民性にあるとして、これらを学ぶべく、この東方政策に基づいてマレーシア政府は多くの留学生を日本および韓国に派遣しています。東方政策に基づくプログラムはAAJだけではありませんが、AAJでは高校を卒業した学生たちが、日本の大学への進学を目指して日本語および数学、物理、化学などの教科を学習しています。学生たちは寮費や学費などのすべてにマレーシア政府からの奨学金をうけており、マレーシア政府の国費留学生として日本へ留学します。AAJのプログラムには日本政府も教員派遣などの各種の協力を行っています。開設当初は40名程度の学生でスタートしましたが、現在各学年に150名前後の学生が在籍しています。現在の1年生は26期生。昨年度までの累計でAAJから日本へ留学した学生は3000名近くにのぼっています。 |
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マレーシアは複合民族国家で、マレー系、中国系、インド系の人々が暮らしています。AAJではマレー系の学生が勉強しています。AAJに入学してくる学生は、日本でいえば高校教育を終えた学生たちです。この学生たちが2年間(といっても休みなどをのぞいて実質1年半程度です。)の予備教育を経て、日本各地の国立大学へ進学します。日本語の総学習時間は、昨年度の新カリキュラムから 1500時間程度になりました。学生は日本語の他に、数学、物理、化学、英語などの授業を受けます。1年生は朝8時から夕方6時まで、2年生は8時から5時までぎっしりの授業をこなしています。学生たちは新カリキュラムから日本留学試験の受験を義務付けられており、この試験で高得点の獲得をめざしています。入学当初は、ほとんどの学生がひらがなさえ読めません。漢字の知識もない非漢字圏の学生ですし、1年半で日本留学を目指すのは並大抵のことではありません。日本語の授業は主に、国際交流基金によって日本から派遣された日本人教師や、日本留学の経験を持つマレーシア人教師によって行われています。英語をのぞく他の教科はマラヤ大学の教員や、文部科学省により日本から派遣された高校教師によって担当されています。学生たちは入学後数ヶ月すると、数学、物理、化学さえも日本語で学習することになります。これほど大規模な予備教育が海外において行われている例は他にないのではないでしょうか。 |
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学生たちは総じて、非常に素直で礼儀正しく、ハードなスケジュールに苦しみながらもまじめに学習に励んでいます。学生たちは全員が歩いて 5分程度のキャンパス内にある寮に住み、多感な青春の時期を、遊びたい誘惑に負けずに膨大な宿題や予習の山と取り組んでいます。個人的な印象としては、マレーシアの学生たちは、どちらかというとシャイで控えめ、そして無邪気で初々しいと感じました。私は1993年からも4年間AAJで教えていましたが、過去の学生と比べてもこの素直さ、無邪気さは失われていないと感じました。ほとんどの学生はイスラム教徒ですから、宗教とも関係があるのかもしれません。学生たちは授業が始まる時に、日直さんの「起立。礼。」の掛け声に合わせて「よろしくおねがいします。」と挨拶をしてくれますが、そのあと「お祈り」をするクラスがほとんどです。中間、期末といった定期試験の前も、会場に入る前に男子学生、女子学生がそれぞれ輪をつくり、「お祈り」をしてから入室します。なんだかこちらもすがすがしくなるような経験でした。学生はシャイながらもエンターテイナーの才能もあり、ここぞという時にはそれを遺憾なく発揮し、スピーチ大会のなどではこちらが驚くほど上手に会場を盛り上げます。また、日本の漫画やドラマ、コンピューターゲームなどにも特に興味のある年代ですから、「先生、アケチミツヒデさんはいい人ですか。」など唐突に質問を受けることもあります。どうやらお気に入りのコンピューターゲームに登場しているらしいのですが、このように楽しむことも忘れていません。 |
マラヤ大学には特に制服はありませんが、AAJは予備教育課程ということで制服着用が義務付けられていました。男子学生はシャツにネクタイ、長髪は禁止、女子学生はバジュクロンというマレー服に、ほとんどの学生が髪を隠すためのトドンと呼ばれるスカーフをつけています。常夏の国マレーシアでは、すべてのものの色彩が鮮やかです。バジュも花柄など色鮮やかなものが多く、バジュとトドンのカラーコーディネートをするのが基本で、女子学生の多いクラスは華やかな雰囲気でした。カリキュラムの中には、スピーチ大会やクラス対抗ふるさと紹介、日本人学校訪問、日本人家庭訪問、交流会、スポーツ大会など様々な行事もありました。準備をする教師は大変ですが、学生たちはそれぞれの行事を楽しんでくれていたようです。 |
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そんな学生たちは日本でどんな留学生活を送るのでしょうか。留学生たちは自国とは異なる気候、文化、生活習慣にとまどうことも少なくないでしょう。イスラム教徒が豚肉を食べないことはご存知だと思いますが、豚肉以外のものもハラール、つまり「イスラムの律法にのっとった食べ物」でなければ食べることはできません。豚肉ではないからといって、日本で気軽に外食をすることはできないのです。また原材料に動物油脂などが含まれているものや、アルコール発酵のみりんなどが使われているものも避けなければなりません。イスラム教徒としては、日本での生活は自国での生活に比べて注意しなければならないことが増えることになります。しかし、夏休みに帰国してAAJの教員室へ顔を出してくれる卒業生たちは、皆口をそろえて「日本は楽しい!」と言ってくれますので、心配は無用のようです。 |
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AAJも開設から 25年以上がたちましたが、毎年これだけたくさんの学生を日本へ送り続けてくれているマレーシア政府には感謝したいと思います。AAJ出身の学生はもちろんですが、機会を得て日本へ留学してくるすべての学生たちが、初志を貫徹し、健康で有意義な留学生活を送ってくれるよう願ってやみません。 |