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時間の重さを軽くするもの 広島大学 大学院 教育学研究科 教授 迫田 久美子
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娘が幼稚園の頃、母の日が近づくと決まったように「お母さん、今、何が欲しい?」と聞いた。私は決まって「やっぱり時間かな」と答えていた。それから 20 年近くが過ぎ、大学の教師となった今、「時間の重さ」を様々な場所で感じる。 私の専門は第二言語習得研究なので、講演会などではよく「速く上達させるにはどうしたらいいですか」「誤用をなくすにはどうしたらいいですか」という質問を受ける。私見であるが、「時間をかけずにすぐ上手になる方法はないし、誰も間違えずに上手になることもないと思う」というのが答えである。もちろん、モティベーションの高い学習者が日々努力し、日本語で生活していると、相対的には短時間で上手になることもある。 最近、大学の院生の指導をしていても、この「時間の重さ」を感じることがある。良い研究をするために大学院に入り、様々な論文を読み、発表をして研鑽を積むのであるが、修士1年の間は読んでも読めていない、理解していないことが多いことに気がついた。「〜の論文は読んだ?」と聞いても「はい、読みました」と言う。 おかしいなぁと思いつつ、ふと気がついた。それは、ラーメン屋の主人に弟子が「いろいろなラーメンを食べて来い」と言われるのと似ている。主人が「食べてきたか」と聞いても、彼は「はい、A店とB屋のラーメンを食べましたが、A店はおいしかったけど、B屋はちょっと。(Aの論文はわかりやすかったけれど、Bはあまり・・)」と言う。このような論文の読み方では、おいしいラーメンは作れない。しかし、何度も食べ続けていると、そのうち「どうしてこのラーメンはおいしいのか」「ここはダシや具が他の店とは違うなぁ」と変化し、「麺が他とは違う!」「スープは鶏ガラと野菜が入っている」など、深いところまで気づくようになる。このような段階に来てはじめて自分でラーメンが作れるようになり、研究がスタートできるのである。修士2年間の学生の変化を見ていると、このような一連の成長が観察できて面白い。やっぱり時間がかかるのである。 その点、最初から「私はラーメンのダシについて知りたい」「私は麺にこだわりたい」という明確な目的を持っている学生は上達が速い。何でも、目的を持つことは時間の重さを軽くすることができる。 日本語学習者も大学院生でも人が育つには時間かかかる。料理も手間ひまかけることがおいしさの秘訣であると同じだと思う。そして、それは研究も同様である。 先ごろ、韓国でデータの捏造が発覚し、問題になった教授がいたが、早く成果を出そうと焦っても良い結果は生まれない。ある有名な言語学者と食事をした時に、彼はこう言った。「 A good thing takes time. 」。言い換えれば、「いい仕事は時間をかけなければできない」ということだ。私自身、改めて時間の重さを感じ、日々の忙しさを反省させられた。いい成果を生み、目標に近づくには、時間がかかる。時間がかかるからこそ、日々の積み重ねの「今、このとき」を大切にしなければならない・・と自分に言い聞かせている。
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